EBPM(証拠に基づく政策立案)という言葉が広まって、「エビデンス」は行政の日常語になりました。同時に、この言葉は空洞化しつつあります。担当者の体感も、1日だけの調査も、監査可能な計測も、全部「エビデンス」と呼ばれているからです。
私たちの提案はシンプルです。エビデンスを有無で語るのをやめて、等級で語ること。
エビデンスの4等級
通行量・滞在のようなまちのデータについて、私たちは実務上こう分けています。
等級1: 体感・目視の印象。「最近あの通りは人が減った気がする」。出発点としては貴重ですが、再現も比較もできません。
等級2: 単発の調査。ある日の計測値。その日の事実ではあるものの、曜日・天候・季節の影響と切り分けられず、定義の記録がなければ次回と比較もできません。
等級3: 検証された計測。正解データとの突合で誤りの型と量が確認され、定義が記録され、同じ定義で再現できる計測。
等級4: 監査可能な観測の台帳。等級3に加えて、1件単位の記録まで遡れて、あとから別の断面・別の条件で再集計でき、経年で蓄積されていくもの。
施策の重さに、等級を釣り合わせる
重要なのは「常に等級4を目指せ」ではありません。等級を上げるにはコストがかかります。合理的なのは、施策の重さに等級を釣り合わせることです。
- 小さく可逆な施策(ベンチの試験設置、期間限定の広場活用)→ 等級2で十分。速く安く回す
- 大きいが可逆な施策(道路空間の暫定的な再配分)→ 等級3。効果検証の前後比較に耐える定義の固定を
- 大きく不可逆な施策(再開発・恒久的な空間再編)→ 等級4。10年後の検証や住民への説明に耐える台帳を
問うべきは「エビデンスはあるか」ではなく「この施策の重さに見合う等級のエビデンスか」。等級1の体感で不可逆な決定をするのも、等級4を軽い実験に要求して何も始まらないのも、同じくらい不合理です。
等級を1つ上げる最小の投資
実務でよく効くのは、等級2を等級3に上げる投資です。すでに単発調査をやっているなら、「定義を記録する」「検証の方法を仕様に入れる」だけで、調査の値段はほとんど変わらずに等級が上がります。逆に言えば、定義も検証もない調査を毎年繰り返すのは、等級2を等級2のまま買い直し続けることです。
おわりに
エビデンスという言葉が強くなった時代だからこそ、「どの等級の話をしているのか」を揃えることが、議論の質を守ります。予算査定で、審議会で、住民説明で——数字が出てきたら、まず等級を確かめてください。