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視察される街と、物差しになる街 ― 10年後に引用されるのは、称賛された街ではない

全国から視察された街は多い。だが10年後、他の街が自分を基準に測ってくれる「物差し」になれる街は少ない。分けるのは成功でも称賛でもなく、共有された定義の上で測られたかどうか。そして比較可能性は、計測を設計する時にしか埋め込めない。

山本 新山本 新
前回、他都市比較が「定義・地形・手法」の3つの壁で壊れる話を書きました。本稿はその続きです。実在の自治体の記録だけを使い、盛らずに追います。

「隣の市のようになりたい」——この一言は、視察となって全国を動かしてきました。視察される街になるのは、実はそう難しくない。ひとつ目立つ成功があれば、バスは来ます。

難しいのは、その先です。10年後、他の街が自分を基準に測ってくれる「物差し」になれるか。 これは称賛の量では決まりません。共有された定義の上で測られていたかどうかで決まる。そして厄介なことに、その比較可能性は、後から頑張って足すことができません。計測を設計する、その瞬間にしか埋め込めないのです。

称賛は、物差しにならない

青森市は、コンパクトシティの先進地として全国から視察が相次いだモデル都市でした。まちづくり三法改正の頃には、市の幹部自身が「青森市のコンパクトシティがクローズアップされている」と講演で語った記録が、国土交通省の資料に残っています。称賛は、たしかにありました。

ところが、その第1期中心市街地活性化基本計画で、中心市街地の歩行者通行量は、基準値(平成17年)の59,090人に対し平成22年は48,010人。約19%の減少で、平成23年の目標76,000人には届きませんでした。市自身も早くから足元を認めています。破綻の7年前、2009年12月の臨時会で、当時の経済部長は、会社側の「計画見込みの甘さ」と、市が株主として計画の実効性を確かめきれなかったことを答弁しました(アウガ問題調査特別委員長報告書 p.63 に再録)。

ここで大事なのは、青森を失敗と切り捨てることではありません。問いはこうです——全国から青森を視察した街は、何を持ち帰れたのか。 おそらく、多くはありません。青森の数字は、青森固有の郊外化・再開発・商圏の事情と分かちがたく結びついていて、他の街がそのまま自分に当てはめられる「物差し」にはならない。持ち帰れたのは、文脈まみれの「教訓」だけです。称賛は安く、そして文脈に縛られたまま腐っていきます。

同じ「名前」は、同じ「定義」ではない

なぜ、視察しても物差しが手に入らないのか。全国の記録が、その構造を見せてくれます。

参議院の調査によれば、計画期間を終えた30市町村の95の目標指標のうち、達成されたのは約3割(27%)。一方、事業の進捗そのものは約7割が「順調」でした。事業はやった。でも数字は動かなかった——これは前回書いたとおりです。

そのうえで、認定計画の9割以上が「歩行者通行量」という同じ名前を目標に据えていました(国交省ガイドライン)。名前は、全国で揃っていたのです。 それでも横並びの比較は成立しません。どの断面を、どの時間帯に、どんな手法で数えた通行量なのかが、街ごとにバラバラだったからです。ここに、都市間比較の核心があります。名前の共有は、比較可能性を意味しない。「歩行者通行量」で揃えた気になった瞬間に、比較はもう壊れています。

青森市の歩行者通行量。14地点で数えると減少、38地点で数えると増加する折れ線グラフ
同じ市・同じ年・同じ調査でも、数える地点で結論が逆転する(第2期青森市中活計画 p.18 図1-9)

物差しになった街は、定義の上で測られていた

では、物差しになれた街は何が違ったのか。姫路です。

姫路市も、視察された街でした。2015年に、主要駅で一般車両の乗り入れを終日禁じた全国初の駅前をつくり(トランジットモール)、歩行者優先の駅前は地価を押し上げ、視察は2015年度の66件・1,042人を最高に、近年も年20件前後で続いています(神戸新聞 2025年6月22日)。ここまでは、青森と同じ「視察される街」です。

違いは、その先に出ました。2026年、京都市の「京都駅前の再生に係る有識者会議」の資料に、姫路が参照値として登場します。自市の環境空間比の現状(約48%)と、1998年の駅前広場計画指針が定めた標準値(50%)の隣に、姫路駅67%・丸の内73%が並べて置かれたのです。姫路は、比較される側から、他の街が自分を測るための物差しになる側へ回りました。

環境空間比の比較。京都約48%・標準50%・姫路67%・丸の内73%の横棒グラフ
共有された定義で測られていたから、姫路の67%は京都の資料で標準値の隣に置かれた

分けたのは、称賛の量ではありません。姫路が「環境空間比」という、指針が定義した名前で測られていたことです。同じ定義で測ってあったから、10年後に、別の街が別の目的で、姫路をそのまま引用できた。称賛は視察を呼び、定義は引用を呼ぶ。 残るのは後者です。

※この67%は、京都側が指針の定義に沿って参照した数値であり、姫路市の公表値ではありません。比較値を引くときは、「誰が・どの定義で出した数字か」を必ずセットにする。これも「定義を揃える」の一部です。

その分かれ道は、いま、机の上にある

そして、いちばん見落とされているのはここです。「物差しになる街」と「教訓で終わる街」を分ける選択は、遠い過去の話ではなく、多くの自治体で今まさに起きています。

目視調査からAIカメラへの切り替えが各地で進んでいます。柏市は令和4年度まで計測員による調査を行い、令和5年度からAIカメラへ移行しました。長岡市は令和7年度から画像解析AIに切り替え、あわせて「特定の日の人手による計測値」から「AI計測に基づく平均値」へ、数字の性質そのものを変えています(いずれも市公式サイト)。

これは前進です。精度も頻度も上がる。けれど同時に、去年までの自市の数字とは単純に並ばなくなる。新しい手法は、時系列という「縦の比較」を一度断ち切ります。 そして冒頭に書いたとおり、比較可能性は後から足せません。切り替えたあとで「過去とつなげたい」と思っても、もう橋は架けられない。橋を架けられるのは、両方の手法が同時に動いている、その一度きりの期間だけです。

だから、測る前に決める

計測を設計する立場から言えば、物差しになる街とそうでない街を分けるのは、才能でも予算でもなく、測る前にたった3つを決めているかどうかです。

何と比較可能にしたいかを、先に決める。 自市の過去(縦)か、他市・標準(横)か、両方か。ここを決めずに数えると、あとでどちらの比較にも使えない数字になります。

比較軸を、名前付きの定義に固定する。「歩行者通行量」では足りません。「どの断面を・いつ・どう数えた通行量か」まで書いて初めて、他の街や標準値と並べられます。姫路が引用されたのは、これができていたからです。

手法を変えるなら、重複期間を一度だけ両手法で測る。 その一度が、過去とのあいだに架かる唯一の橋です。切り替えの計画に、この重複期間を最初から入れておく。

そして、この3つの判断と、その根拠を記録に残す。10年後に誰かが読み返し、引用できるように。

おわりに

視察される街になるのは、難しくありません。物差しになる街になれるかは、称賛の量ではなく、定義の質で決まります。青森は記録を残したから、我々はそこから学べる。姫路は定義の上で測ったから、他の街の物差しになれた。

比べたいという欲求は、健全な競争心です。問題は欲求ではなく、比較に耐えない数字で順位をつけてしまうこと。そのエネルギーを、測る前に定義を決める一手間に変えられたとき——あなたのまちの数字は、10年後に引用される側に回ります。

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