交通量調査や通行量調査の報告書は、庁舎の書庫やファイルサーバーにきちんと残ります。しかし数年後に「前回の調査と比較したい」となったとき、比較できないことがよくあります。数字は残っているのに、その数字がどうやって出たのかが残っていないからです。
調査が「使い捨て」になる構造
委託調査の納品物は、多くの場合「集計表とグラフ」です。そこには次の情報が残りません。
- どこに計測の断面(ライン)を引いたのか、正確な位置
- 何を数えて、何を数えなかったのか(自転車は? 立ち止まった人は?)
- 集計の条件を変えたら数字がどう変わるのか
この状態で数年後に別の事業者へ再調査を発注すると、前回と微妙に違う場所・違う定義で計測され、「増えたのか減ったのか」がそもそも比較として成立しなくなります。調査のたびに、過去の調査が使い捨てになっていくのです。
映像ではなく「軌跡」を残す
私たちのシステムは、映像そのものを保存しません。解析で得られる軌跡——歩行者や車両が画面上をどう動いたかの線——だけをデータとして残します。
これには2つの意味があります。1つはプライバシーです。原映像を持たないので、個人の姿かたちが後から参照される余地がありません(この設計思想は別の記事で詳しく書きました)。
もう1つが本題で、計測をあとからやり直せることです。軌跡が残っていれば、計測ラインや集計区画をあとから引き直しても、再撮影や再解析なしに数字を出し直せます。私たちの実装では、線を引き直してからの再集計は数秒で終わります。
「別の断面ではどうか」に、次回会議までに答えられる
この性質は、審議会や委員会の実務で効きます。委員から「この横断面ではなく、あちら側の通行はどうなのか」と問われたとき、従来の調査では「次年度に再調査を検討します」が精一杯でした。軌跡が残っていれば、同じ観測データから別の断面の数字を出して、次回の会議に間に合わせることができます。
「とりあえず広めに測っておいて、問いが立ってから集計する」という順番が可能になる、と言い換えてもかまいません。問いは会議の中で育つものなので、この順番の効果は小さくありません。
定義が残るから、来年と比較できる
もうひとつの効果は時間方向です。どこに線を引き、何を数え、どんな条件で集計したか——この定義がデータと一緒に残っていれば、翌年も同じ定義で計測でき、経年比較が初めて成立します。
逆に定義が残っていないと、過去の数字との比較には常に「調査方法が違うため参考値」という注釈がつきまといます。この注釈は、施策の効果を語る場面でいちばん痛い一言です。
数字そのものより、「数字の出し方」が資産になります。定義と再集計可能なデータが残っていれば、調査は使い捨てになりません。
発注者として、何を確認すればよいか
- 納品物に、集計表だけでなく「計測の定義」(断面の位置・数えた対象・集計条件)が含まれるか
- あとから断面や条件を変えて再集計できるデータが残るか。その場合の費用と手順はどうか
- 映像の保持ポリシーはどうなっているか(いつ・何を破棄するか)
- 次回調査で同じ定義を再現できるか。定義の再現に前回の受託者が必須にならないか
おわりに
計測は「数字を手に入れる作業」ではなく「あとから検証・比較できる状態を作る作業」だと私たちは考えています。数字は毎年変わりますが、測った根拠が消えない仕組みは、調査のたびに積み上がる資産になります。