住民説明会でも庁内でも、データ活用が進むほど増える場面があります。「数字ではそうかもしれないが、体感は違う」。
このとき、数字で体感を却下するのは最悪手です。かといって体感に合わせて数字を曲げたら、計測の意味がありません。第三の道があります——体感を、情報として扱うことです。
体感は「間違った数字」ではなく「別の観測」
「あの交差点は危ない」という体感は、たいてい特定の経験から生まれています。夕方の下校時間に、あの角で、ヒヤリとした——つまり体感は「いつ・どこで・何を見たか」という観測情報を含んでいます。
一方、計測には必ず欠けがあります。平日昼間しか測っていない、その角にはカメラが向いていない、車両は数えたが速度は測っていない。体感と数字が食い違うとき、最初に疑うべきは体感の誤りではなく、計測の欠けです。
食い違いの正体は、たいてい3つのどれか
1. 時間の欠け。計測した時間帯と、体感が生まれた時間帯が違う。「平日昼間の数字」で「夕方の体感」に答えていないか。
2. 場所・対象の欠け。測った断面と、怖さの発生地点が違う。通行量は測ったが、体感の正体は速度や すれ違いの近さかもしれない。
3. 分布の欠け。平均は穏やかでも、月に数回の極端な状態(イベント日・雨の日の混雑)が体感を作っていることがある。平均は分布を隠します。
「体感と数字が違う」は対立ではなく、次の観測計画の入力です。体感を聞き取るときは『いつ・どこで・何を見たときにそう感じましたか』——この一問で、体感は計測の仕様書に変わります。
実務の型: 体感を観測の要求に翻訳する
住民や現場から体感ベースの声が来たら、次の順で扱うことをお勧めします。
- 体感の発生条件(時間帯・地点・対象)を具体的に聞き取る
- いまの計測がその条件をカバーしているか突き合わせる(欠けの特定)
- 欠けていれば、その条件を計測する(体感が正しければ数字に出る。出なければ、それも重要な情報)
- 結果を、声を上げた人に返す(「測ってくれた」という事実が、その後の関係を変えます)
数字が体感を支持しなかったとき
追加で測っても数字が体感を裏付けないことはあります。そのときも「あなたの体感は間違いだった」ではなく、「この条件では確認できなかった。別の条件の心当たりはあるか」まで。体感は却下された瞬間に敵になり、観測に翻訳され続けるかぎり味方です。
そして稀に、それでも残る食い違いこそ発見です。計測の定義や地点がずれているか、数字にならない要因(照明・見通し・音)が体感を作っているか——どちらに転んでも、まちの理解は一段深くなります。
おわりに
データ活用の成熟度は、数字が体感を打ち負かす回数ではなく、体感が観測に翻訳される速さで測られるべきだと私たちは考えています。体感は、まちに埋め込まれた無数のセンサーです。使わない手はありません。